昨日の診療後、羽田に行き、最終便で札幌に向かいました。休診日を利用して観光に、、、という訳ではなく、札幌で開かれているパラノルディックスキーのアジア大会のお手伝いにちょっとだけ参加させていただくために来ました。
直接競技の補助をする訳ではないのですが、障害者スポーツの大きな大会には“クラス分け”という、障害の程度が参加資格を満たすか、どのクラスに該当するかを判断する機会があります。このクラス分けは厳密で、今回のようなアジア大会では、国際的な資格を持つ医師もしくはオプトメトリーでないと行うこともできませんし、見学することもできないのですが、どんな風に行っているのか、近くからでもその雰囲気だけでも味わったら?とスキーの担当の先生から勧められて行ってみました。日程的に日帰りか1泊がせいぜいだったので、その先生から『そんな短い日程で行ってもったいなくないですか?と聞かれましたが、1日でもそんな機会をいただけるなら、行かない方がよっぽどもったいないので迷わず行かせていただきました。
昨日は診療初めでしたが、午後はそんな訳で少し早めに終わらせていただき、たまプラーザからバスで羽田に向かいました。さっき、“迷わず”と言いましたが、このバス乗り場は北口のバスターミナルの成田行きの方に行ってしまい、迷ってしまいました、、、何度も見てるはずなのに、羽田行きは南口の方でした。
クラス分けは新札幌の札幌看護医療専門学校を会場に使わせていただきました。新札幌の駅に降りたのは初めてでしたが、学校は新しく素敵な設備でしたし、一緒にクラス分けをお手伝いいただいた先生もとても親切で、学生さんは幸せだろうなと思いました。
クラス分けでは日本人選手の介助と通訳をさせていただくことになり、日本人のクラス分けの先生に(もう一人はマレーシアの先生)、日本人の選手で通訳って??と思いましたが、公正を期するために使う言葉は英語で統一されているようでした。英語は得意でないので僕自身が緊張してしまいましたが、ある選手から『たまプラーザの山口先生ですか??』という声を掛けられ、一瞬分かりませんでしたが、『白馬の体験会の時にお会いした、、、』と言われ、2年前に白馬であった当時は柔道の選手の方でした。予想外の通訳の任務に緊張してしまっていたのですが、知っている人からの声掛けに、多少は落ち着いて、仕事ができました(多分)。またまた視覚障害の選手の方から助けられました。どうもありがとうございました。彼は横浜にお住まいで元々、昭和大学の北部病院に通院していたものの、落ち着いているので近医での経過観察をと言われ、今は受診をしていないそうなのですが、近くにお住まいなので診断書等、何かサポートできることがあればしていきたいと思いました。パラノルディックスキーにはまた馴染みの選手が一人増えてますます応援していきたいと思いました。頑張ってください。
お世話になったパラスポーツ協会の担当の方も僕と同じ栃木出身の方で、地元の話をしていたところ、クラス分けをご担当されたマレーシアの先生が『栃木の獨協医大に行ったことがある』というお話で、『栃木で食べた蕎麦がおいしかった』と写真を見せてくださり、行ったことがないと伝えると、『行かなきゃダメだよ!』と言われてしまいました、、、地元の僕らが知らないで外国の方から勧められるというのがおもしろかったです。今度、行ってみます。
そんなこんなで楽しい、クラス分けのお手伝いになりましたが、外国人と日本人合わせて午後までかかるくらいで、担当される先生方は本当に大変な仕事だと思いました。僕ら普通の眼科医が視覚障害スポーツをもうちょっと理解して、手伝ったり、診断書をきっちり書くことがまず大事だと思うので、少しでも力になれるように頑張りたいと思いました。
そして、帰りの飛行機の時間まで少し時間があったので、札幌の北部で眼科病院をやっている後輩のところに行ってきました。数年前にお父さんが亡くなり、実家の眼科を継ぎ、大学病院の勤務も続けながらという頑張り屋な後輩でしたが、アポなし訪問にも温かく迎えてくれて、頑張っている姿を見ることができたよかったです。
1泊2日の強行スケジュールでしたが、学ぶことも多く、充実した札幌となりました。貴重な経験をさせていただき、今後に活かしていきたいと思いました。
皆さん、どうもありがとうございましたm(_ _)m